道路の建設から始まった森の破壊

ブラジルでは1940年代に政府によるアマゾン開発計画が動き始めました。
「西への行進」と名付けられたこの計画では、国土の西側にあるアマゾンの本格開発に先駆けて、セルタニスタ(奥地探検家)で組織した調査探検隊をジャングルの奥へと送りこみました。
1960年代以降にはアマゾン縦断道路や横断道路が次々と建設され、アマゾン開発が本格化し始めました。道路に沿ってまず木材伐採業者が入り、マホガニーやイペーなどの商業価値のある木を切り出しました。
有用でない木は倒してから火を入れて焼き払い、裸地となった森の跡地に農地が次々と開かれていきました。その多くが、広大な放牧地を有する肉牛の飼育牧場でした。

大豆栽培がアマゾン破壊を加速

1990年代以降、アマゾンは、輸出用大豆栽培のための大規模農業開発地へと変貌をとげました。アマゾン南側のセラード地域で1970年代後半から始まった大豆開発が大成功と評価された結果、「大豆開発前線」がアマゾンへと北上を続けたからです。
「法定アマゾン地域では農場面積のうち80%を森林として残さなければならない」という法律がありますが、それはほとんど守られていません。ほかにも、巨大水力発電所の建設や金鉱山開発などの国家規模のプロジェクト、木材の不法伐採業者やガリンペイロと呼ばれる違法の金採掘人などの活動もまた、森を破壊し川を汚す深刻な要因となっています。

もとの面積の15%が既に消失

これらの開発行為・破壊行為によってアマゾンは、もとの面積の15%を既に失ったといわれます。観測衛星を使った「アマゾン森林伐採衛星監視プロジェクト」を実施するブラジル国立宇宙研究所の報告によれば、1988年に観測が始まって以降のブラジルのアマゾン森林累計消失面積は、日本の国土面積の1.1倍に相当する42万㎢、消失率は8.4%に達しました。大規模に森を失ったアマゾンでは、いま急速に乾燥化が進んでいます。2019年1月に発足した新政権はアマゾンにおけるアグリビジネスの推進を重要政策のひとつにあげており、さらなる大規模開発によるアマゾンの「砂漠化」が強く懸念されます。水資源の枯渇は農業にとっても死活問題のはずです。規模のみの追求ではなく、「森の保護が農業発展につながる」という発想の転換が求められています。

アマゾンの破壊の現状詳細

シングー 先住民族公園南部のマットグロッソ州に属する地域における森林消失状況(1994年と2015年を比較)

緑の線がシングー先住民族公園の境界線。
周囲の森林消失(赤色部分)が進行した結果、保護区の森だけが緑の孤島のように残されている。

アマゾンの先住民族
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